(1882~1952)
英国コース設計界の巨匠ハリー・コルトの設計パートナーでもある英国のゴルフコース設計家。
日本には1930年12月からの2か月間という短い1度きりの滞在期間にもかかわらず、東京・埼玉・静岡・京都へと精力的に動き回り、京都滞在中に感銘を受けた日本庭園の「わびさび」を設計に取り入れ、世界的にも評価の高い廣野・川奈などのコース設計・改造案を提供している。
実測したコンター図面の作成、灌漑施設の導入、植栽、芝の選定、土壌研究など、近代的なコース設計技術を確立した『コルト理論』を日本に広め、その後の日本のコース設計の流れに多大な影響を与えた、日本におけるコース設計の父的存在である。
【設計思想】
難しいバーディールート、パーオンを狙うルート、アベレージゴルファーのための迂回ルートといった具合に、ティーグラウンドからグリーンへのルートを複数用意し、いずれかを選択できる戦略的に幅をもたせたレイアウトを基本としている。ミスショットに厳しい課罰型(ペナルパターン設計)よりも、腕前に応じて多くの攻略ルートを持つ戦略型(ストラテジックパターン設計)のレイアウトをより近代的設計だと提唱したコルトの理論を踏襲。
日本では『アリソンバンカー』が有名ですが、アリソンの設計家としての真価は、ランドスケーパーとしての才能の方で、自然を活かした18ホールのルーティングの妙味が世界的に高い評価を受けている。
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