世界殿堂入りの名プロゴルファー青木功が設計したゴルフ場を紹介。1942年8月31日、千葉県我孫子市生まれ。我孫子中学時代に鷹巣南雄プロとともに我孫子ゴルフ倶楽部でアルバイトをしたのをきっかけにゴルフと出会う。中学卒業後は東京都民ゴルフ場にキャディとして就職し、1958年に師匠となる林由郎に引き抜かれ、我孫子ゴルフ倶楽部に。
1964年にプロテスト合格後、優勝出来ない時期が続いたが、29歳(1971年)の時、関東プロゴルフ選手権でツアー初勝利。ツアー初優勝からは着々と優勝を重ね、国内ツアー51勝(1973年以降)は歴代2位の記録。国内の記録だけでも凄いが、国内だけで終わらないところが、"世界の青木"たる所以。1978年の世界マッチプレーで海外初優勝。そして1980年にバルタスロールGCで行われた全米オープン。最終日のニクラウスとの死闘は歴史に残る名勝負となった。1983年にはワイアエラCCで行われたハワイアンオープンで日本人初のアメリカツアー初優勝を飾る。最終日最終ホール、チップインイーグルでの逆転優勝。
国内・海外で数々の偉大な記録を打ち立てた世界殿堂入りの名プロゴルファーであるが、ゴルフコースの設計監修も手がけ、全国に約10コースある。代表作は、セガサミーカップの舞台として知られる、ザ・ノースカントリーゴルフクラブ(北海道)など。大きな池を大胆に配置した戦略性と、雄大さを持つコースレイアウトが特徴。
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